笑わせるあの野郎


思わず、ひきつった苦笑を
浮かべる。


凝視する私の目の前で、
彼は隣の女に
キスをした。


直感で、その女が
透のいった講師だと思った。

 
唇が離れ、樹里の頭が離れる。

さまよった視線が
一瞬にして定まり
瞳が驚愕といった具合に
見開かれる。


顔面蒼白とは
こういう事を
いうのだろう。

血の気の引いていく様子を
チラッと視界にいれながら、
彼の横を通過した。


滑稽で笑いそうになった。


目の前の二人のことも。


私自身の事も・・・



一千万の小切手を
もったまま
痴話喧嘩する気はない。


残念ながら
私は、昔からドライなもので
そこまで執着もしたくないし
振り回されるつもりもない。


腕時計で時間を確認する。

やばいっ!!


今度は私のほうが青ざめる。

窓口がしまるっ!

思いの外、
減速していたようだ。

何とか間に合わせようと
残りの道のりを、
向かい風の中、
何年かぶりに走った。