靉苒が、御神刀を甚兵衛のほうに投げた。




 それは、実に不思議な光景だった。




 その場に居る者で、会話をし、動いているのは甚兵衛と靉苒だけだ。




 他の者は、例え、それを阻止しなければならない者であっても、そんなことを思い付きもしないかのように、ただ黙って二人のやり取りを見守っていた。




 そして、甚兵衛が御神刀を受け取り、それを鞘からゆっくりと引き抜いた時、ようやく、周りの者達も我を取り戻したかのように動き出した。




「おのれっ!

その刀も叩き折ってくれるわ!」




 百葉が吠え、甚兵衛に猛然と襲い掛かった。




 その時、甚兵衛の脳裏に、老爺の声が聞こえてきた。




 それが、以前、靉苒に会った時、聞いた声だと、すぐに気付いた。




『甚兵衛よ・・・・・・。

さあ、存分に儂を振るえ!

儂なら、そなたの力、余すことなく使えるであろう!』




 その声に呼応するかのように、甚兵衛が異能を発動する。




「くっ!?

これは!?」




 甚兵衛は驚いた。




 異能を発動した途端、まるで、御神刀に魂魄を吸い取られるのでは、と思う程、力が御神刀に注ぎ込まれていく。




 通常、甚兵衛の異能は、器物に負担を強いる。




 そのため甚兵衛は、常に力をセーブしなければならなかった。