「ったくよお」

極楽島近くの港町から山道を北に上がった山奥に、伊賀の里はあった。

しかし、数週間前にその土地にいた多くの若者が命を落とした為に、里には年寄りと子供しかいなく、活気というものがなかった。

それは、隠密行動を取る者達の静けさではなく、生気がないのだ。

そんな土地に取材に来た男は煙草を吸おうと、グレーの背広からケースを取りだしたが、生憎…空になっていた。

ケースを握り潰すと、男は頭をかきながら、歩き出した。

「すべてが…上手くいかないな」

男の名は、後藤。新聞記者である。

甥っ子である梨々香から、極楽島での出来事を詳しく聞き出そうとしていたが…肝心な時に寝ていたらしく、覚えていないらしい。

伊賀の大軍が、島に上陸して全滅したことも知らないらしい。

「何をしに行ったんだ」

甥っ子の命があっただけでもよかったが…やはり、島で何が起こったが知りたかった。

「…ここに来ても、何もわからないか」

昔は隠れ里だったようであるが、最近は道も整備されて、開けた町になっていた。しかし、観光地ではない為に外から人が来ることは少ない。

「やれやれ…」

肩を落とし、村から出ることを決めた後藤の横に誰かが来た。

「無駄足でも…何か得るものを見つける…。それが、一流じゃないのかな」

「うん?」

後藤が横を向くと、煙草ケースが差し出された。

「例えば…空気が綺麗とかな」

無精髭を生やした男が、後藤ににやりと笑いかけた。

「それでも、吸うかい?」

その言葉に、後藤は息を吐くと、

「生憎…こちらは、美味しい空気よりも」

ケースから飛び出た一本を喰わえ、火をつけた。そして、思い切り吸い込み、煙を吐き出すと、男を見ずに答えた。

「体に悪い煙が好きでね」

「なるほど」

男は納得すると、煙草ケースを着ている紺のスーツの上着に突っ込んだ。

「まあ〜そうだな」

男は、隠れ里の周りを囲む山に目をやり、

「人間は、綺麗な自然の中では無力だからな」

悲しげに笑った。