「ううう…」

しばらく気を失っていたようだ。

気付いた時、九鬼の頬についた血を、 誰かがハンカチで拭っていた。

「あっ」

そばでしゃがんでいた人物は、九鬼の目が開いたことに気付くと、慌てて手を引いた。

そして、立ち上がると、九鬼から離れた。


「…阿藤さん?」

九鬼は地面に両手をつくと、何とか上半身を起こした。

加奈子の放った毒は、どうやら薄められていたようだ。

(今回は…警告か)

九鬼は全身に力を込めると、立ち上がることができた。

「阿藤さん…ありがとう」

阿藤美亜の方を向き、頭を下げようとした。

しかし、美亜は怯えるように震えていた。

九鬼の言葉など聞いていない。

ただ下を向いて、青ざめながら、震えていた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

震える唇からもれる声は、ひたすら謝っていた。

「?」

不信に思い、九鬼は美亜の視線の先を目で追った。


そこには、黒い乙女ケースがあった。

「!!」

九鬼は思い出した。

ガンスロンとの戦いの最中、九鬼は変身が解けてしまった。

その時、九鬼の身から離れ転がった乙女ケースを…美亜が拾い上げ、持って逃げたのだ。

(あの時…彼女は、アルテミアに操られていた)

九鬼の声を無視し、乙女ケースを掴む時の美亜の顔を思い出していた。

虚ろな目は、明らかに正気ではなかった。

(彼女は…)

九鬼は、美亜の正体を知らない。

乙女をぎゅっと握り締め、

(操られていた)

美亜を見つめた。

(しかし…)

乙女ケースを見ての怯えかたが、尋常ではない。

(彼女は…)

ゆっくりと美亜に向かって、歩き出した。

(知っているのか?これが何かを?)

震える美亜の目の前で、優しく微笑んだ。

(そして…)
「阿藤さん…」

目だけは鋭く、美亜の瞳を探る。

(あたしが…乙女ブラックだと)

九鬼は、握りしめている指を外すと、乙女ケースを美亜に示した。

「これを知っているの?」