「それでも忘れない!俺は、俺であることを忘れても!やるべきことを忘れない!」

高坂は肩から手を離すと拳をつくり、自らの胸を叩いた。

「魂が覚えている!」

叩いた拳が震えていた。


「そうか…」

イナオは頷き、

「今日を逃せば…次の満月まで、我は現れない」

高坂の目を見ながら、訊いた。

「次回にするか?」

「今しかない!」

高坂は叫んだ。拳を突きだし、

「次など、俺にはない」

イナオを睨んだ。

「了解した」

イナオは頷き、突きだした高坂の拳に両手を添えた。

「行くがよい。その世界に」

そして、優しく微笑んだ。

次の瞬間、高坂は背中に柔らかいものを感じた。

「な!」

何もない空間に、染み込んでいくように…その中に高坂の体が消えていく。

「お前の体は一度、この世界と一体化した後、ブルーワールドへと染み出ていく。空間を越える方法の中で…一番辛い方法だ。粒子レベルまで、分解される」

イナオが説明している途中で、高坂の体がなくなっていた。

「それでも…魂が覚えているならば…大した人間だ」

上空にあった満月に、雲がかかった。

その瞬間、イナオは膝を落とし、その場で崩れ落ちた。

いや、落ちることはなかった。

屋上の入り口の横に、身を潜めていた中島が飛び出し、イナオを抱き止めた。

「な、中島!」

気がついたイナオは、中島にもたれていることに気付き、慌てて離れた。

顔を真っ赤にしたその表情は、もう…イナオではないことを告げていた。

「お、遅いじゃない!」

理香子は、中島に背を向けると、

「乙女との待ち合わせ場所が、こんなところなんて!どうかしてるわ!」

照れから、怒って見せた。

「ごめん」

中島は頭を下げ、

「ただ…今夜は、月が綺麗だから…一緒に見たくって」

「月?」

理香子は腕を組みながら、空を見上げ…顔をしかめた。

「月なんて…出てないじゃない」

「そうだね…。ごめん」

中島は微笑みながら、謝った。