「あああ〜!」

絶望にも似た大きな溜め息をして、

運転席の後ろに座っていた男が、突然立ち上がった。

「あああ!」

今度は、車内に座る乗客に聞こえるように言うと、

「どうして…こんなんなんだろうなああああ!」

と叫び出した。

そして、おもむろに席から離れると、運転手の横に行った。

「お客さん?」

前を見て、ハンドルを握る運転手の首筋に、男は上着の袖口の中に、隠していたナイフを突き付けた。

「恐ろしいよね〜え!よ・の・な・!か!こんな簡単に、運命が決まるのだから!」

最初、男の行動に無関心だったバスの乗客も、男のナイフに気付き、慌て始めた。

だけど、全員がパニックになることはなかった。

腕に覚えのある者は、何とか隙を見て、男を取り押さえようとしていた。

そんな状況が不満なのか…。

バスジャク犯になった男は、切り札を乗客に見せつけた。

着ていたカッターシャツを片手でめくると、腹に巻き付けた時限式の爆弾が姿を見せた。

それが、だめ押しとなり…隙を狙っていた人々も、迂闊に手を出せなくなった。

「へえ〜」

ざわめく乗客の中で、先程まで何の関心も示していなかった男が、爆弾を纏った犯人に初めて興味を示した。

犯人が座っていた席の真後ろにいた男の名は、幾多流。

幾多は、男の腹に巻き付けた爆弾を凝視した。

見た感じは、本物のようだ。

次に、男の身なりから、学生…それも、大学生であることを感じ取っていた。

その理由は、簡単だ。

この日本で一番暇なのは、学生。

それも、大学生や専門学生だ。

彼らは受験戦争を終え、後は就職するだけだからだ。

リクルートスーツを着ていても、明らかに浮いている男は、就職活動中だろう。

だとしたら、面接の帰りかもしれない。