「安定者…」

男は、その言葉を繰り返した。

その言葉には、権力者らしからぬ響きがあった。

さらに、戦いを生業にした軍隊にあっては、いささか軟弱な響きがあった。

しかし、それこそがいい。

と、ゲイルは思っていた。

人が安心し、健やかに暮らす為には、安定が必要だ。

(しかし…その先には、怠惰と堕落がある。さらに、安定が続けば、それ以上の欲を持ち…少しでもその安定が崩れそうになれば、何としてもしがみつく)

ゲイルは、人の習性を知っていた。

(恐るべきは…そんな人間の中に、安定を求めない者がいる。向上心…)

ゲイルは、鼻を鳴らした。

(それは、なかなか素晴らしいが…恐るべきものではない)


「早く!発射したいものですな!」

核ミサイルの恐ろしさも知らずに、ミサイルの前を歩き回る男。

こんな近くに来れることが、この世界の原子力に対する認識の甘さを露出していた。

(人は…無知)

ゲイルはフッと笑った後、顔を引き締めた。

(だが…人の中には、他人の為その身を犠牲にできるものがいる!そのような者こそが、恐ろしい。魔物もまた、個の為に生きるもの。他の為に、犠牲になるものはいない。なぜならば!それは生きるという権利を放棄しているからだ)

ゲイルは、静かに核に背を向けた。

(増えすぎた数を減らす為に、集団で死ぬ動物はいる!しかし、それは…プログラムされた本能だ)

ゲイルは男を残し、格納庫から出た。

(本能が壊れている人間に、そのような現象は起こらない!だからこそ、本能をこえて、他者の為に生きる人間こそが…真の我らの敵!滅ぼさなければならない存在!)

ゲイルは、冷たい廊下を歩き出した。

(核は、大勢を殺してくれるだろう。その中にいる…恐るべき人間をも!そして、生き残った者も知るだろう。人の力の小ささを!)

ゲイルは笑った。

(人を真の意味で殺すことは…絶望を与えること。希望をすべてなくした時…人はただ飲み食いする肉の塊と化す)

「それこそが、我らの餌にふさわしい」

思わず…言葉が口に出た。

「絶望が始まる」