「九鬼君」

哲也は、九鬼を見つめ、

「単刀直入に訊こう。乙女シルバーの力は、どこにあるんだ?あれは、他の月の力とは違う!月の女神が、自らのパートナーになる者の為に、自分と同等の力を与えた!特別なもの!」

スーツの内ポケットから、ダイヤモンドのケースを取り出し、

「この力をも超える力だ!」

ぎゅっと握り締めた。

「…」

九鬼は無言で、ダイヤモンドの乙女ケースを見つめた後、止めていた足を動かした。

「申し訳ございませんが…あたしにも、在処は知りません」

「九鬼君!」

「…兜博士が保管していたとしか…」

哲也の横を通り過ぎていく九鬼を、目で追いながら、

「いなくなった彼の部屋には、なかった」

「失礼します」

遠ざかっていく九鬼の背中に、哲也は叫んだ。

「その力があれば!神と戦える!神とだってな!君だって、必要なはずだ!」

しかし、九鬼は足を止めない。

哲也は唇を噛み締めた後、恐るべき真実を口にした。

「闇が神と崇める存在は、君の知り合いだ!」

「!?」

九鬼は驚いたが、それくらいでは足を止めなかった。

知り合いが、闇になることくらいある。

昨日まで笑い合っていたのに、殺し合うこともある。

そんな戦いの中にいるのだ。

それくらいで、戸惑うことはない。

と、九鬼は思っていた。

次の名前を、哲也が口にするまでは…。


「彼らの女神の名は、赤星綾子!君の知り合いのはずだ!いや、知り合い以上だ!なぜならば、君を人間にしたのは、彼女だからだ」

「!!」

九鬼の全身に、衝撃が走った。


(綾子さん…)

祖父才蔵の死により、研究から出された九鬼は…幼き頃より、小さな部屋の闇の中で育った。

出会う人も…動物も、自分を殺す為に訪れる存在だった。

だから、コミュニケーションと言えば…殺し合いだった。

そんな九鬼がいきなり、普通の社会に出て、適応できるはずがなかった。