九鬼が着いた時には、脳死からしばらく時間が立っていた。

抱き上げた時には、心臓はもう止まりかけていた。

「理事長!」

だけど、脳が死んだ体が…九鬼の叫びに呼応した。

「あああ…」

黒谷の唇が震えると、微かに指先が動き…机の下を指差した。


それが、黒谷の最後だった。

「黒谷理事長…」

九鬼は、黒谷を抱き締めた。

目を瞑り、流れる涙を拭うこともなく…しばし、抱き締めた後、九鬼は黒谷が最後に、指差した方を見た。

机の前に、落ちている乙女ケースがあった。

「あれは!?」

九鬼は乙女ケースを見つめた後、黒谷の物言わぬ顔を見た。

「あ、あたしに…戦えと」

九鬼はゆっくりと、机の上に黒谷を横たえると、乙女ケースに手を伸ばした。

溶けている床の上にある乙女ケースは、熱を持っていた。

机の上に寝て、手を伸ばした九鬼は、指先が触れた瞬間、顔をしかめた。

肉が焼けたからだ。

しかし、九鬼は躊躇うことなく、乙女ケースを掴んだ。

「くっ!」

自分の肉が焼ける音と、匂いがした。

九鬼は立ち上がると、横たわる黒谷に頭を下げた。

「確かに受け取りました」

やがて…九鬼の手の中で、熱が引いた乙女ケースをまじまじと見つめた。

「黒い…乙女ケース」

九鬼は、乙女ケースを握り締めた。

そして、再び来た手順で、廊下へと戻った。

乙女ケースを掴んだ手が痛んだが、気にもしない。

自分の痛みなど、黒谷に比べたら大したことはない。

九鬼は走り出した。

西校舎裏に向かって。