「あなたが、九鬼真弓さん?」

屋上を歩いていると、後ろから声をかけられた。

少し低くてて落ち着いた声に、九鬼は好感を覚えながら、足を止めた。

「はい」

さっきまで、屋上に人はいなかったはずだ。

身を引き締めて振り返った九鬼の前に、満面の笑顔の女が立っていた。

「!」

九鬼は一瞬、息が止まった。

その屈託のない笑顔は、優しく明るく眩しすぎた。

今まで、闇の中で生きてきた九鬼には、それは太陽よりも輝いていることに気付いていた。

だから、九鬼は一瞬で心を奪われた。

女は笑顔のまま、九鬼に話しかけた。

「はじめまして、私は去年までここの生徒会長をしていた…3年の閨刹那(ネヤセツナ)といいます」

「生徒会長....」

九鬼は、その言葉に息を飲んだ。

刹那は笑みを崩さずに、

「突然ですけど、放課後お時間ありますか?」

「え?」

「一度、あなたとお話したくって」

「そ、そうですか…」

緊張してしまって、変な答えをしてしまった。

「放課後…生徒室にお邪魔していいかしら?」

刹那は微笑みながら、確認した。

「は、はい」

九鬼は頷いた。


「よかった。久々に生徒会室にも行きたかったし」

刹那はずっと笑顔のまま、九鬼に背を向け、

「では、放課後....お会いしましょう」

ゆっくりと出入り口に向って、歩き出した。

その華奢な後ろ姿を見送りながら、九鬼は目を細めた。

(あたしは…ああいう人間を守る為に、存在するのかもしれない.....)

太陽よりも、眩しい笑顔ができる人間。

そんな存在がいることに、嬉しさとともに切なさも感じていた。

それは、心の底で…自分には望めない笑顔だとわかっていたからだろう。

(しかし!)

九鬼は気付いたいた。

刹那が、突然現れたのは...扉の反対側である。

(何者だ?)

九鬼は、去っていく刹那を扉の向こうに見えなくなるまで見送った。

その時、九鬼は刹那に気を取られて、気付いていなかった。

さっきまで、燦々と輝いていた太陽が雲に隠されたことを。

そして、刹那が屋上から消えた瞬間、再び太陽が姿を見せたことを。