昨日、杏ちゃんから突然電話が架かってきた。

いつもは携帯かメールなのに家電に。

『――……一緒にレモンケーキ作ろうって』

小さな約束を覚えていてくれたことが嬉しかった。

だけど、その日はピアノの日じゃなかった?

『えぇ、明日はお休みを取ったの。ピアノの先生に言われたのよ、友達を大切にねって』

彼女の優しい嘘。

だって、今まで事前に約束をしていたって急にピアノの先生に呼ばれたら、それが優先されてきたもの。

その彼女がピアノよりも私を優先してくれるのは、彼女の優しさ。

ねぇ、今だけ杏ちゃんの優しさに甘えさせて。

香帆たちの行動もエスカレートしているけど、そんなのヘッチャラ。

帰りに杏ちゃんの家によれると思うだけで足取りが軽くなる。

「だけどさ、どうして急にピアノのお稽古を蹴ってまで?」

「最近、甘奈笑わなくなったでしょ?」

「そう? さっきもバカやってみんなと一緒に――」

「無理しすぎです。……私では、頼りないかしら?」

鋭い。心の内を見透かされないように、いつも以上に明るく振り回していたんだけどなぁ。

杏ちゃんの千里眼には敵わないって事か。

「私が甘奈にしてあげられるのってケーキを一緒に作るくらいなのよね」

十分だよ。こうして話をしてくれるだけでもいいくらいなんだから。

杏ちゃん、ちゃんと話すね。

逃げたりはしないよ。香帆の奴隷にもならない。

彼女たちと旨くやっていく自信なんて1ミリたりともないけど、クラスメイトという事実は変わらないものね。

オーブンから漂うレモンとバニラの香りが鼻をくすぐる。

私には二人がいる。

だから

もうこれは、いらない。

スルリと髪に結んであった黄色いリボンをほどいた。

思い出の大切な物としてカバンに締まっておくね。

―fin―

2009.10.20

Kanon *