何もないこの部屋に。


一番足りないのは家族だったのか。



彼は以前、眉の上の傷はキャンプで怪我したものだと言っていた。


家族揃って避暑地に行って、仲良くテントを張って。

その際、岩場で転んで切ったのだと。

顔故に血が大量に出て、慌てた父親が担いで麓の病院まで連れて行ってくれたのだと。


その傷は、大事な思い出だと微笑んだ。



「そう」

「そーそー。だから帰んなくていいし、何回でもセックス出来るよー」

「……あ、そう」


最後のひとことは余計だと思うが。

その顔はちっとも寂しそうでも悲しそうでもなく、ただにこにこと笑っていた。



コイツは、よく笑う。


あれから学校でもちらほら見るようになったが、大概眠そうか笑っているか、何か物思いに耽っているか。

私と一緒にいるときは、色んな表情を見せるけれど。


笑顔でいるパーセンテージは圧倒的に多いはず。



「飲み終わったんでしょー? シャワーいこー」

彼のコーヒーカップも受け取って流しに置いたところで、そんな声が降ってくる。


「嫌よ、一緒に行ったら浴室でもするに決まってるから」

「わかってるならいーじゃーん。それともお風呂場はイヤ? じゃーこのままキッチンでもいーよー」