「シャワー浴びる?」
「飲み終わったらね」
「じゃー一緒はいろー」
明らかに邪気があるだろうに、その無垢な笑顔が憎たらしい。
嫌よ、と目で訴えてみるものの、あっさりと無視される。
そして如何にも決定したかのように笑うのだから、溜め息が零れてしまう。
湯気が、立ち上って、広がって。
何もない部屋に、少しずつ色を加えてゆく。
「やっぱいいわ、帰るから」
「えーひどーい」
「何言ってるの、もうご両親が帰ってきてもおかしくない時間じゃない」
壁にかかっていた大きくてシンプルな時計。
その針はもう夕刻を過ぎ、夜へと移行しようとしていた。
「だいじょーぶだよ、誰も帰ってこないから」
最後の一口を飲み終わって、マグカップを洗おうかとしたところ。
彼の口からあっさり放たれた言葉は、何故か私の喉にひっかかった。
魚の小骨のように。
「……誰も?」
「うん。父親はどーせ仕事が忙しくて家なんか寄り付かないし。母親は愛人と同居生活に熱中してるところ。兄は留学してるしねー」