お湯が沸き、ケトルが笛を鳴らして数秒後、寝室からのっそりと彼が顔を出した。

ジーンズだけは履いているけれど、まだ眠いらしく目をこすっている。


「目ぇ覚めたら」


ちょっと掠れた声が、部屋に加わった。

「いないから帰っちゃったのかと思った」

不安そうな、瞳を揺らして。


「その方が良かった?」


マグカップにお湯を注ぐと、安っぽいコーヒーの香り。


「まさかー。でもひとんちのキッチン勝手に使ってるとは思わなかったなー」


てくてくとこちらまで歩いて来て「俺もー」とコーヒーを催促してくる。

どこにもうひとつマグカップがあるのかと四方を探せば、彼は何か言いながらちょっと離れた戸棚からコーヒーカップを持って来てくれた。


一度は見たことあるブランドの、明らかにお客様用の。



それにもインスタントコーヒーを入れ、お湯を注ぐと彼はさっとそれを手にする。

お互い砂糖もミルクも使わず、湯気の立つコーヒーに口をつけた。



「さむくなーい?」

「アンタこそ」


キッチンを挟んで、立ったまま。

中途半端に服を着て。

コーヒーがある分、少しは温まってゆくけれど。