俺はベットの上で目を閉じて眠ろうとした。

「もうダナエもヘルメスも俺にうんざりして世界を救済するなんてことはあてにしないだろう。」

追いかけてはこないだろうと思った。

目蓋を閉ざそうとすると閉じたはずの目に女が立っていた。

漆黒にとけるようななびく髪がテンポをおいて閃光のように走る艶。
細くしなやかな腕で髪をかきあげる仕草は女性らしい美しさを象徴するようであった。
肌はクリームシチューのように柔和な色白で、焼きたてのパンのように豊潤なものであった。

俺は女の瞳をつかまえようと、視線を強くそして一点に固定して目蓋の向こうを探った。

一線だけ綺麗に切り口を開けて、そこから種子が開花したような華やかに輝いた瞳に俺の視線が入り、俺の目蓋は燃えるように熱くなり、耐え切れず目を開けた。

目を開けると汚いアパートの天井が写った。

雨漏りでついた染みと木目の汚らしい模様が自分らしさを思わせて目を伏せた。
寝返りを打つと頬に冷たい風が触り外気を感じた。

カーテンが揺れている。

見ると窓が少し開いていた。
俺は安息の眠りを確保しようと、起き上がり窓の隙間を閉じた。
俺はもう一度寝ようと枕に顔をうずめると、視界の端に今度は人の気配を感じた。
目を開けるとそこにさっきの女がいた。

「もう始まっています。」女が言う。

その声は外見の美しさが儚く思わせる憂鬱な吐息のような声だった。
女の表情は硬く閉ざしているように俯いていた。

「君は誰だい?ダナエとヘルメスの知り合いかい?それとも、これから起こるという現象の張本人、いわば悪い奴なのかい?敵なの?」俺は優しく女に問いかけた。

彼女は弱々しい力で首を左右に振った。