キミは聞こえる

 アレ、に思い至ったからではない。

 こんな無駄な応酬をしている暇があるなら泉本人を押さえたほうがよっぽど合理的だと気づいたのだ。

 しかし、またしても空振り。
 伸ばした友香の指先を少女は冷ややかな空気を纏ってすり抜けていった。

「ばあちゃん、避(よ)けて! 泉、正気じゃない!」

 誰の目にも明らかだったけれど、ばあちゃんは鬼気迫る表情の泉に身体が言うことを利かなくなってしまったらしく、立ち尽くしたまま微動だにしない。

 ばあちゃんってばッ! という孫の怒声に我に返ったように慌てて泉の走路から外れる。

 そのときだった。

 それまで祖母の身体で隠されていた靴箱の上、金魚鉢や鉢植えなどが飾られているスペース、そこで輝いたいかにも危険な小さな光を友香は捉えた。

 友香は思わず息を呑んだ。


「剪定ばさみだ、友香!」

 だろうね! 私も思った! 今頃思い出しても遅いんだよ父さん! 
 などという突っ込みをしている場合ではもちろんない。

剪定ばさみを手にした泉が、次に取るだろう行動が目に浮かび、友香は身震いした。


 そんなの、駄目に決まってる!


「ちょっと、そこの男ッ! 金魚鉢の隣のハサミ、絶対泉に渡さないでッ!」

 突然話しかけられた安田と呼ばれた男は驚いてびくっと肩を揺らしたけれど、狼狽したのは一瞬で、過(あやま)たずにハサミを掴み上げた。それを素早く頭上へと掲げる。

 間一髪だった。

 衣服が体重とともにぶつかる衝突音が響いた。

 泉が安田先生に突進したのだ。
 昌伸と友香の予想はやはり正しかった。泉の目的は剪定ばさみだったのだ。

 険しい表情で、ときおり呻き声を洩らしながら泉は、自分より20㎝ほども身長差のありそうな男のさらに頭上高くに伸ばされた手の先のハサミを奪い取ろうと懸命に背伸びをする。

「先生ッ、ハサミ、こっち!」

 泉の腕を後ろから押さえつけながら友香は手を伸ばす。

 なんとかかんとか安田から剪定ばさみを受け取ると、泉を動かさないで! と命じて友香は一旦洗面所に駆け込んだ。

 少しでも、少しでも泉から遠い場所に移動しなければ。
 正気でない泉がこれ以上よからぬ衝動に惑わされてしまわぬように。

 洗面台の下、洗剤などが詰め込まれているスペースにハサミを放り込んで玄関に戻ると、泉は安田教師に抱きしめられるような恰好でもがいていた。

「あ、あの、これからどうすれば……」

 がっしりと泉を押さえるたくましい腕とは裏腹に、先生は助けを求めるようにおろおろと祖母に目を向ける。

 ごほん、と祖母は咳払いをして理事長の顔になると、とりあえずドアを閉めた。