キミは聞こえる

「ちょっと! 誰か来たッ! じーちゃん……ああっ、ばーちゃんでもいい! 出てッ」

 肩越しにリビングを振り向いて友香が叫ぶ。駆けつけたのは祖母であった。

 何とか客に見られる前に泉を2階へ、と意気込む親子はそれぞれ一段目に足をかけると、ふたたび声を揃える。「せーのっ!」

 二人の顔に戸惑いの色が浮かぶ。

「ちょっと父さん!」
「なんだよ、俺は上げたぞ! おまえこそ!」
「もう一度よ」

 おうっ、という昌伸の返事に合わせ、渾身の力を込めて泉を持ち上げ―――んとするも、どうしたことか。

 どう見ても身軽そうな少女の身体が不思議な事にわずかにも浮き上がらないのである。

 自慢ではないが、看護士の仕事に就くようになって友香は、とてもたくましくなった。

 それは、メンタル面はもちろん、体力に関しても然り。

 病院で働いていれば、衰弱した患者と接しなければならない局面が必ずある。とりわけ田舎の小さな病院ともなれば一人で何人という患者を相手にしなければならないこともザラなのだから。

 そんなとき、自分の力で咄嗟に自らを支えきれない患者に対し何らかの問題が発生した場合、責任を負うのはもちろん看護する側の人間である。

 命の危険と病院の面子とが常に足元に転がっている世界、その中で生きていくためには友香たち白衣を身に纏った者たちが体力をつけるしかないのだ。

 白衣の天使とはよく言ったものだが、実際は天使などではまったくない。白衣を脱げば案外、裏腹な頑丈な肉体が隠れている。

 泉のもう片腕を支えるのはれっきとした成人男性である。
 ……たしかに、そろそろ体力に衰えが見えてきたような気はするし、体格も目に見えて残念な感じにたるみ始めてはいるけれど、泉のような細身の少女一人を支えられないほど男が廃れてきてはいない――…と信じたい!

 そんなわけで、友香と昌伸が本気を合わせてもまるで歯が立たないというのは、縫いつけられてでもいない限りあり得ないことだった。

 もう一度、とお互い真顔で目配せをして、声をかけ合う。「せーのっ!」

 わずかにかかとが浮いた。

 ドアノブに手をかけた祖母の表情にも安堵の色が見えた。


「すいません、鈴森南高校の安田です。理事長先生はご在宅ですか」

 ドアの向こうから届いた聞き覚えのない男の声。

 どうかされたんですか、という呑気な台詞が反射的に友香をイラッとさせた。