キミは聞こえる

 口角を不穏に歪ませながら、泉はもう一度舌打ちをした。

 
「ちょっ、ちょっと! 何、何してるのよこれ、いったい!」

 泉、やめなっ! 

 帰宅したばかりの友香がリビングに現れるなり声を上げた。

 状況が飲み込めていないせいか若干目が泳いでいるものの、困惑を押し込んでとりあえず泉の手から女を解放させる。

 が、友香の咄嗟の対処むなしく、泉の手は彼女の意思に関係なく、まるで吸い寄せられるかのように女の顔へと動いていく。
 それをいち早く察知した友香はすかさず泉を抑えにかかった。「泉!」

「ちょっと、父さん!」肩越しに振り返って昌伸に援護をあおぐ。

「いったいどうしたって言うのよ、これ! 父さんってば! ぼーっとしてないで泉とめてッ!」

「おっ、おう!」弾かれたように昌伸は立ち上がった。

「母さんはこの人を泉から遠ざけて、早くッ!」

 自らも聖華の避難に手を貸そうと踏み出した理事長だったが、お義母さんはここに、と美遥に制される。

 ソファの後ろに回り込み美遥は聖華の手を掴むと、こっちに、早く、と彼女を叱咤する。
 よろよろと立ち上がる聖華。
 させるかと言うように、すかさず泉の視線が追いかける。

「泉ッ! 駄目よ、駄目なの!」
「どうしたっていうんだ、泉ちゃん! しっかりしろ」

 両側から友香、昌伸親子が必死の拘束を試みる。
 聖華との距離が開いていくにつれ、泉は二人から逃れようとますます激しく身をよじった。

 おまえなんか、おまえなんかおまえなんか――!!
 父さんが味わう苦しみを貴様にも思い知らせてくれる!


「父さん、このままじゃ埒があかない! よくわかんないけど、とりあえず今は泉を部屋に連れて行ったほうがいいと思う!」
「そうだな! 父さんもそう思っていた!」

 2人は歯を食いしばって泉の腕を押さえ込む。気を抜けば、すぐにも暴れ馬のように、見境なく突っ走っていってしまいそうだった。

 あまりに奇妙だった。

 この華奢な少女の、一体どこにこれほどの力強さと狂暴さが隠れていたのだろう、と友香は思った。
 が、考えている余裕はない。

 戸惑いと恐怖との間で葛藤しながら、顔を見合わせて息を揃えると、せーのっ、と声をかけて同時に泉を廊下に引きずり出した。

 ちょうどそのとき。

 玄関先でピンポーンと、この緊迫した雰囲気にまるでそぐわない間延びした呼び鈴が代谷家に響き渡った。