キミは聞こえる

 凍りつく室内。

 誰もが息を詰め、瞬きを忘れたようにじっと成り行きを見守る。

 最後まで毅然と泉を宥め続けていた理事長でさえ、もはや手の施しようがないと悟ったように微動だにしない。

 義理の母に向かい、侮蔑の眼差しを据える少女の腕が不意に上がった。
 その手にはずっしりと荷物の収まったスクールカバンが揺れている。泉はその取っ手を固く握った。

「泉ちゃん!」

 悲鳴のような美遥の声を背中で聞きながら、泉は、震える女の肩に向け、猛然と自分のスクールカバンを叩きつけた。

 ばしん、という烈しい音と共に、びくんっと目の前の身体が飛び上がった。
 反射的に顔を上げた女は放心と驚愕とが混ざり合って何とも言えぬ表情。

 それがまた少女の神経を逆撫でする。

「い、いずみ、ちゃん……」

 振り絞るようなか細い声が泉を呼んだ。

 すごく、不愉快だった。

 返事の代わりに睨めつけると、女はわなわなと唇を震わせながら俯いた。

 打ち萎れる女に、しかし泉は謝らない。
 謝る理由がない。だって今のは暴力ではないから。


 泣いていいのはおまえじゃない。おまえの涙など見たくない。
 おまえの話なんか、これっぽっちだって聞きたくない。
 できることなら今すぐにでも私の目の前から消え失せろ。


 口は利きたくないけれど、俯いていて顔が見えない相手に泉が思いを伝えようと思ったら方法は、なにかをぶつける以外にないだろう、という結論に至ったのだ。

 多少は乱暴でも仕方ない。私だって人間だもの。冷静に思考を働かせられないときくらいある。だいじょうぶ、カバンをぶつけられたくらいで人間は死なない。

 揺れる眸。映る己が顔は石膏のように青白い。

 目が合えば、言葉なんて必要ない。それだけで充分に伝えられる。



 この、女狐風情が――。