キミは聞こえる

 わかる気がした。

 上川がいい例だと思う。
 というか、あれが矢吹母たちの戦っている獣の典型ではないだろうか。

 偏見というわけではないが、父親相手ならともかく、ああいった女を――不倫対象者としてではなく――相手にするなら、男性は不向きだと思う。

「この町に残りたいとは思うけど、母さんと同じにはとても」

 おお、と泉は思った。
 ここにも居た、郷土を愛する者が。

 田舎の過疎化が懸念される昨今、町を思い、この地に居残りたいと希望する若者は貴重だろう。

「代谷さんはなにか夢、あんの?」
「夢?」

 なんだろう。
 しばし考えて、笑ってもいいけど、と前置きの上、打ち明ける。


「小さい頃は、歌手になりたかった」


 シンガーソングライター。

 死んだ母がそうであったように、泉もまた、ピアノと戯れながら世の中に音楽を届ける仕事がしたいと思っていた。

 笑いはせず、ただただ驚いた様子で、矢吹は、歌手? と繰り返した。

「そう、歌手」

 いまとなっては、一時期だけとはいえ、そんな目立つ職業に割りと本気で憧れを抱いていたことに羞恥すら覚える。
 
「今は違うんだ」
「笑わないんだ」
「笑わないよ。ちょっと意外だな、とは思ったけど」

 何故、桐野にもしていないような話を矢吹に打ち明けているのだろう。

 過去をばらしていることがなによりの羞恥であったと今さらながらに気づく。

「俺はね、小さい頃はケーキ屋さんになりたかった」
「ケーキ? ってことは、パティシエ?」
「そう言うんだって知ったのは小学校の中学年くらい。その横文字を覚える前にケーキ屋さんの夢は消滅しました。意外でしょ?」
「女の子みたい」
「親戚のおばちゃんにそう言われたからやめたの」
「……ごめん」

 俯く泉に、今さらいいって、と矢吹は朗らかに笑う。

「今はなんかないの?」
「矢吹君は?」
「考え中。代谷さんは賢いから選択肢多いくていいよな」

 体力がないから(加えて、鍛えようというやる気がないため)いろいろと制限されるけどね、と独りごちる。

 結構根に持つタイプである。