あの日以来、桐野は自分を避けている感があった。

 だから泉から声をかけようとはしなかった。
 何と話しかければよいかもわからなかったから。

 あのとき、心配してくれているとわかりながらも無言を貫き、彼の気持ちを無視し続けた。

 いくら温厚な彼でもさすがにそのときばかりは矜持が許さなかったのだろう。

 もういい、と吐き捨てられた瞬間、とてつもない後悔が泉を襲った。

 桐野の顔を見るたびに胸が痛んで、目が合えば背けられる前に自分からそらした。

 雑念が妨げになって勉強が手に着かなくなるなんて経験ははじめてだった。

 これほど自分が自分でいられなくなるくらいならいっそ話しておけばよかったのだ、と後になってからさんざん自分を責めた。

 桐野に背を向けられることが、こんなにも自分にとって大きなダメージを与えるものだったのかと、そのときはじめて知った。


 だが。


 桐野はまた、はじめて一緒に帰ったあの春先と同じように、自分と歩幅を合わせ、並んで歩いてくれている。


 いまこのとき、震えるほどの安心感を、泉は噛みしめていた。


「代谷が謝ることなんかひとっつもないんだ。ぜんぶ、ぜんぶ俺が悪かった。なにも知らないのに勝手に怒鳴って、勝手に切れて、お節介も甚だしいったらないよな。鬱陶しいやつだって思っただろ。自分でも反省したんだ。ほんと、ごめん……」
「そんなこと思ってない。なにも言わなかった私がいけなかったの。桐野くんの気持ちを無駄にしてばかりだったから」
「いいんだ。その、こ、恋人でもなんでもないのに、しつこく聞きまくった俺がいけなかった。そうだよな、代谷だって言いたくないことの一つや二つあるよなって、頭ではわかっててもどうしようもなくてさ……

 ほんと、俺ってば相手のこと考えてやれなくて―――」


 すっと、遮るように人差し指を桐野の目の前に出し、彼の言葉が止まったところで、それをゆっくりと自身の唇につけた。