キミは聞こえる

 慣れた道を進む。通り過ぎた代谷家の二階の一室にはすでに灯りが点いていた。
 代谷の私室は二階に設けられているらしいと先日見舞いに行って知った。

 早々と夕飯を終えて、部屋に下がったのだろうか。あいつのことだから真面目に宿題と明日の予習やってんだろうな。
 桐野も何度助けてもらったかわからない。

(電話してぇ……)

 ふとしたときに、いきなり襲われる烈しい衝動。

 もう何度も経験して、携帯を取りだしては、そのたびに挫折している。


 だって、相手はあの代谷だから。


 ただの友達のようにすんなりとコールボタンを押せないのが現実で。

 暇だからちょっと話がしたかった、と普通の友達ならそれが正当な理由の一つとなり、なんの苦悩もなくボタンが押せる。

 しかし、彼女は違う。

 彼女の場合、名前を呼ぶにしてもなにかしらの理由が必要らしい。ただ呼んでみた、というだけでは意味がわからず、やや不機嫌な顔をされる。

 声を聞きたかったんだ、なんて言ったら、あいつはどんな言葉を返すだろう。

 無言で固まってしまうだろうか。

 それとも、喜ぶだろうか。

 怖いけれど、知りたい。好奇心が湧いて止まない。

 自分の知らない代谷の表情を知りたい。他人の知らない代谷を自分だけが記憶していたい。


 いま。


 とうに限界を迎えている空腹を満たす食物より、まだ見ぬ彼女を俺は強く欲する。

 ポケットを探って、携帯を出す。

 好きならそれでいい―――ちがう。
 それでよくない、
 そう思うなら。

 動かなくては。
 そう、動かなくては、人一倍むずかしい彼女の心になど一ミリたりとも踏み込んではいけないのではないか。

 小野寺と別れた直後だからなのか、いままでの衝動とは比べ物にならないほど強い感情が胸を駆けめぐり、桐野の指を震わせる。

 恐怖もある。
 けれど、それ以上に、奮い立つ感情が、熱が、彼の胸を焼き焦がす。

 突き動かされるまま、思いの波に乗る。
 そして桐野は、とうとうコールボタンに触れた。

 そのときだった。

「!?」

 メール受信を報せる手紙のフラッシュが現れた。