キミは聞こえる

「おまえにもとうとう春が来たかと思って、な」
「はっ、春っておまえなぁ! だから俺はべつに―――」
「ストップ、ストップ」

 手と口で制される。

「なにをそんなムキになって否定すんだよ。かえって肯定しちゃってんじゃねぇか」
「ばっ……! ばか言うなよっ、そんなんじゃねーんだって」

 視線をそらす。

 暗い踊り場に二人の影はない。西日がうっすらと射し込む廊下は、かろうじて同化しきっていない花瓶の影がいまだ輪郭を保っている。だが、それもあと三十分も保たずに消えてしまうだろう。

 もうすぐ校門が閉まる。

「時間やべぇから俺もう行くな。じゃあな小野寺」
「ちょ、おい、桐野」

 一方的に話をやめて、小野寺の傍らを通り過ぎると桐野は足早に残りの階段を駆け上がった。

 その勢いのまま着替えを済ませて、荷物を詰め込む。
 服をたたむことは普段からしない、総詰め込み派。めちゃくちゃに押し込んでジッパーが閉まればそれでいい。

 しかし。

「あれ」

 閉まらない。

 いつもなら、どんなに荷物が多くてカバンがぱんぱんになっても、閉まらないということはなかった。

 けれど、今日に限って、いくら荷物をぎゅうぎゅうに押しつぶしてみてもジッパーが意思を持ったように微動だにしない。