キミは聞こえる

 ふと、思い出す。

 ぽつんと立ち尽くす無人で無音のマンションの一室。

 すれ違いばかりの父との生活。無言の家庭。

 無理をしていただけだったのだと、近頃の生活を振り返りながらひしひしと痛感する中学までの数年間。母を亡くしてからの空虚な時間。

 いまふたたび、と考える。

 もしまたあのような生活に戻る日がやってくるとしたら、
 そのとき私は耐えられるのだろうか。

 ……そんな疑問が自然と湧く。

 耐えるとか、我慢するとか、そんな必死な感情を、仮に持ち合わせていたとしてもあの頃の泉は考えないようにしていた。すくなくとも、勉強以外では、活用しなかった。

 背を向けるあまり、独りでも平気だと思っていた。

 ―――けれど、今になってそれは、泉の勘違いだったのだと思い知る。

 友香の隣で家族というあたたかさに囲まれて、同じ食事を取りながら笑い合う。
 ごく当たり前のことであるはずなのに、母が死んだ瞬間、当たり前でなくなったもの。

 時間とともに薄れ、独りに慣れることで塗り替えてしまった己の心。

 それが、この町に来てから、知らず知らずのうちに以前の感覚を取り戻しはじめていると否が応でもわかってしまう。

 今の生活が壊れることを、私は、恐れる。

 考えるだけで、胸が震えてしまうから。