キミは聞こえる

 それでもいい。
 ほんのちょっと、頬が動いたとか、視線が動いたとか、それくらいでかまわない。
 闇の中に紛れ佇む翔吾の背中に、ちょっとでも触れることが出来たなら。

 たとえ自分になんの反応も示さなくても、驚くという感情を思い出してさえくれれば。

 なにかが、変わる。
 そう、なにかが。

 きっと―――。

「私にも、出来る?」
「なにが? ああ、会話?」

 泉は頷く。

「私は声を限定して聞くことしか出来ない。あんたと心が繋がるときだけ、会話が出来る。だけどあんたは私が力を使ってないときも、私に話しかけてきたよね」

 思い出したくはないけれど、鈴分橋の袂で設楽がしてきたことがまさにそれである。

「あれは声を送ってるの?」
「そうじゃない。すくなくとも俺の意識は声を送ることよりも、心を開かせるほうに向けてる。相手の心を開けば、こちらの声を届けることはさして難しい話じゃない。

 代谷サンが普段しているのは、ちょっと言い方としてあれなんだけど、《のぞき》なんだよ。
 こちらの心にはシャッターをしたまま、相手の心を読んでるだけ。

 俺がしてるのは《繋ぎ》。
 のぞきも繋ぎであることは確かだけど、それはあくまでも一方的なものでしかない。

 本当の繋ぎは、作為的に二人の心のシャッターを開けて交信する。
 互いの心を開けば声のやり取りは口頭でする会話となんら違わない。ただ、お互いなんでも浮かんだ言葉がそのまま流れてしまう欠点があるけどね」

 ずいぶんと理論的なことを言っているな、と思った。

 さも自分はなにもかもを知っていると言いたげだが、いまここでふて腐れていてもどうせ自分の知識など設楽のそれに比べればひよっこ同然だ。悔しいが、そこは認めざるを得ない。

 泉よりよほど真摯に自分自身と向き合い、力を研究し、向上させようとしてきたことがよくわかる。よく現れすぎた説明だった。

 それでますます泉の胸は重くなり、サッカーボールに強打された部分のさらに深いところで疼き始めるのだった。