キミは聞こえる

「み、見なかったよ」
「そうか。やっぱ先、帰っちまったんだな。午後から練習付き合ってくれって頼むつもりだったのに」
「も、もうすぐ大会、だよね。がんばってね」

 意外だった。意外中の意外だった。意外の極みだ、と思った。

 佳乃が桐野以外の男子と平然と―――とはお世辞にも言えないけれどそれでも、ちゃんと会話を成立させているではないか。
 しかもこの男、小野寺から伝わる空気からは佳乃を見下す軽蔑的な醜さがほんのこれっぽっちも感じられない。

「俺、もしかすっとスタメンに選ばれるかもしんねー」
「ほんとっ!? すごいね」
「だからなおのことあいつと練習したかったのによー。帰ったら電話入れてみっかな。んじゃ、ありがとな」
「う、うん。じゃ、じゃあ…」
 
 ぎこちなく手を上げる佳乃を確認するとちらりと泉に目をやり、もういちど佳乃に視線を向けてから、小野寺は止まった自転車を再びこぎ始めた。

 良心的だけど言葉を包まない嫌なヤツがようやくいなくなった、とほっとしながら空になった紙コップを置く―――置こうと身体を軽く捻ったところで、魂を抜かれたような佳乃の横顔が視界に入った。

「………栗原さん?」

 聞こえていないらしい。もう一度呼んでみる。

「栗原さん」