キミは聞こえる

 とっさに浮かんだ言葉はそれだった。

 今と同じだった。
 あのときも、泉は全力で廊下を駆け、その場から立ち去った。
 声はもう聞こえなかったけれど、本人はまだあの場にいるはずだった。見つける前に、見つかる前に、

 逃げよう。

 あんな声、二度と聞きたくない。
 もしあの場にクラスメイトを見つけたら、動揺が顔に出て、そこからなにか大変なことが起こってしまうのではないか、と思った。

 知らない振りを通さなければ。

 だがいまはまだ無理だ。冷静でいられるほど、あのときの泉に余裕はなかった。

 トイレに駆け込んで、個室に鍵をかけた。
 休憩時間、女子トイレはいつも超満員だ。だからあえて遠い場所のトイレに泉は逃げ込んだ。予想通りそこには誰もいなかった。

 壁にもたれ、頭を押さえ、ふらつく脚を叱咤してこみ上げる吐き気をこらえた。

 休憩を終えるチャイムが遠くに聞こえた。利用する生徒の少ないトイレは昼休みと放課後をのぞいてスピーカーがオフにされていることが多かった。

 泉はふらふらと個室を出、トイレをあとにした。
 
 しかしいっこうに体の震えは止まらず、いつしか寒気までするようになり、いよいよ泉は立っていることさえ出来なくなった。