「丁度よい機会だ。巡礼の旅にでも出て、見聞を広めてきたらどうだ」
それは本当に突然のことだった。仕方のないことでもあった。
けれど千種は、村を出ていきたくなどなかった。
村を出ていけば、もう二度と戻ってきてはいけないことを知っていた。
それでも千種は村を出ていくことにしたのだ。
誰にも何も言わず、たった一人で。
三日前のことだ。
アンシャンテの村に、旅芸人の一座がやってきた。
辺境の村に旅芸人がやってくることは珍しく、村全体が沸き立っていた。
その旅芸人の一座には、美しい踊り子がいた。そしてその踊り子に、村長の一人息子が恋をした。
よくある話だった。
けれど、千種にとってはよくある話のままではなかった。
ふとしたことから踊り子と知り合った千種が、村長の息子よりも踊り子と親しくなってしまったのだ。
そのことを知った村長の息子は、千種に復讐をしようとした。
それが悲劇につながった。
村長の息子が千種の家に火を放ち、風に乗った火の粉が村のあちこちに飛び散った。
千種はその責任をとらされたのだ。
燃え残った物の中から、使える物だけを選び出しながら、千種は回想をしていた。
今考えても、納得はいかない。
本来なら責任をとるのは、村長の息子だ。
しかし、両親のない千種と村長の息子とでは、千種のほうに責任が回ってきてしまったのだ。
村の誰もが、千種が悪いわけではないことを知っている。
誰もが知っているが、皆村八分になることを恐れて、誰一人として千種の味方をしなかった。
親のない千種には、後ろ楯もなく、諦めるしかない。
これまで育ててもらった恩もあった。
(仕方のないことだったんだ)
千種は村が好きだった。何もない所だが、穏やかな時間が肌に合った。
焼け跡を探り、黒い煤に汚れた手で頬をこする。
いつの間にか涙が流れ出ていた。
千種の頬はいつしか真っ黒に汚れていたが、それでも涙は止まらなかった。
(出ていきたくない)
声を殺し、泣き続ける千種の隣を村人たちが通りすぎる。決して千種を見ないようにしながら。
ふと、千種の手が止まった。煤の中に溶けた金属のようなものがあった。
「…お母さん…」
焼け残った布の切れ端もあった。
「…お父さん…、おとう…」
涙が止まらなくなった。
それは本当に突然のことだった。仕方のないことでもあった。
けれど千種は、村を出ていきたくなどなかった。
村を出ていけば、もう二度と戻ってきてはいけないことを知っていた。
それでも千種は村を出ていくことにしたのだ。
誰にも何も言わず、たった一人で。
三日前のことだ。
アンシャンテの村に、旅芸人の一座がやってきた。
辺境の村に旅芸人がやってくることは珍しく、村全体が沸き立っていた。
その旅芸人の一座には、美しい踊り子がいた。そしてその踊り子に、村長の一人息子が恋をした。
よくある話だった。
けれど、千種にとってはよくある話のままではなかった。
ふとしたことから踊り子と知り合った千種が、村長の息子よりも踊り子と親しくなってしまったのだ。
そのことを知った村長の息子は、千種に復讐をしようとした。
それが悲劇につながった。
村長の息子が千種の家に火を放ち、風に乗った火の粉が村のあちこちに飛び散った。
千種はその責任をとらされたのだ。
燃え残った物の中から、使える物だけを選び出しながら、千種は回想をしていた。
今考えても、納得はいかない。
本来なら責任をとるのは、村長の息子だ。
しかし、両親のない千種と村長の息子とでは、千種のほうに責任が回ってきてしまったのだ。
村の誰もが、千種が悪いわけではないことを知っている。
誰もが知っているが、皆村八分になることを恐れて、誰一人として千種の味方をしなかった。
親のない千種には、後ろ楯もなく、諦めるしかない。
これまで育ててもらった恩もあった。
(仕方のないことだったんだ)
千種は村が好きだった。何もない所だが、穏やかな時間が肌に合った。
焼け跡を探り、黒い煤に汚れた手で頬をこする。
いつの間にか涙が流れ出ていた。
千種の頬はいつしか真っ黒に汚れていたが、それでも涙は止まらなかった。
(出ていきたくない)
声を殺し、泣き続ける千種の隣を村人たちが通りすぎる。決して千種を見ないようにしながら。
ふと、千種の手が止まった。煤の中に溶けた金属のようなものがあった。
「…お母さん…」
焼け残った布の切れ端もあった。
「…お父さん…、おとう…」
涙が止まらなくなった。
