彼はミケランジェロの話をするが好きだった。
彼の親愛なるミケランジェロの残した素描や設計建築について熱く語った。
お互い話している分には芸術をこよなく愛している人。
芸術を愛し過ぎて人生を自分の為だけに生きた人に見えた。

彼との尽きない話は、東京の区画整備の話、都市開発から政治的事件、新宿の変貌までおよび、まるでの昭和史の授業のように話してくれた。
僕が本でしか知らないことを彼は人生のなかで語れるのだ。

それから彼は、僕にしつこく煙草を吸うなといい、代わりに口のなかにいれなさいと黒糖の飴をよくくれたものだった。

一度、お宅へお邪魔した時、「よく遊びに来てくれました。」と顔を歪めて嬉しそうな顔をして出迎えてくれた。
座れるだけのスペースを確保するのにもたいへんな狭いアパート。
彼のように歳をとると不動産屋も快くは貸してくれず探すだけでも大変な苦労を強いられていた。

彼は汚い台所でメロンを二つに切り、「メロンの種をとってからバニラアイスを入れて食べるとたいへん美味しいですよ。」ともてなしてくれた。

自慢していたミケランジェロの素描の画集やら、これまでに描いた油絵やら、彼のアルバム写真を見せてもらいながら芸術の話をしていた。

僕が帰るとき、「もうお帰りになられますか、うらの公園に是非おつれしたかったのですが、」ともの悲しそうな顔で引き止めた。