恋口の切りかた

「なあ、先生」と、騒ぐ役方連中を横目に、俺は虹庵に尋ねた。

「俺が小さい頃に、化け狐の騒動なんてあったか?」

虹庵は不思議そうに、

「どうしてだい?」

と聞き返した。

「その狐の屋台なんだが、
俺は初めて見た気がしなかったというか……

小さい頃にも、目の前にいた狐の顔の男が、
ふっと消える場面を見たような気がするんだ」


虹庵はしばらく宙を睨むようにして記憶を探っている様子だったが、

「いや、私にはそのような覚えはないな。
私が勉学のために、城下を離れている間のことはわからないが」

そう答えた。


虹庵は知らないのか。

そうなると、俺のこの記憶は何だろう。


「あの狐の顔、どこか懐かしいような……確か、どこかの神社で見た──ん?」


急に静かになったので周りを見回すと皆、俺の話に耳を傾けて顔面蒼白になっていた。


「結城の坊ちゃま、これ以上薄気味の悪い話はやめにして下さいよう」

虹庵の横に寝かされている留玖とそっくりの、泣き出しそうな声で同心がそう言った。





留玖は気を失っているだけだと虹庵が言って、気付け薬を含ませると目を覚ました。

もう平気だと言うので、虹庵の長屋を後にして、
連れ立って夜道を歩いて再び武家屋敷の界隈に引き返し、


今度は何事もなく堀を渡った。


と思ったら、



そこでヘナヘナと、留玖は座り込んでしまった。