どうやらこの男も、俺以上の恐慌状態に陥っているようだった。

遊水は全く笑っていない目を俺に戻すと、

「今日はよくよく間男に間違えられる日だぜ」

などと言いながら法被をつかんでいた手を払い除けた。


「悪いが下らん会話につき合ってる暇はなくなった」

「下らんって、テメっ……」

「どいてくれ。役方の奴らが来る。時間がない」

「おい!?」


切羽詰まった様子でヤクザ連中に歩み寄ろうとする遊水の肩をつかんで止めると、


「卯月に入れば俺はなかなか動けなくなる。こうなった以上、その前に情報を……」

「卯月?」

「忘れたか? 俺は『金魚屋』なんだぜ」


遊水は珍しく苛ついた口調だった。


「もうじき金魚の仔が取れる。そうなれば子守りで当面動けねえ」


ああ──そう言えば……。


手を放しつつ、「ヌエの大親分ってのは何だ?」と訊くと「銀治郎に聞け」と遊水はとりつく島もなく答え、


「今の様子だと──俺はカガチを当たる必要がありそうだ」


と、言った。