恋口の切りかた

「味方っつっても、俺はまだ家督も継いでねえ身だし、あの親父は当分現役だろうけどな」

俺が言うと、


「円士郎殿は家督を継ぐまで、今のまま遊んでいるおつもりか?」

覆面家老はなかなか手厳しい言葉を返してきた。


「いや」と、俺は首を横に振った。


「実は親父から、
先法家の慣例に習って、俺も部屋住みの間は番頭(*ばんがしら)の職に就くように言われてる」


親父殿からこの話をされたということは、「もう一つの話」のほうも間もなく持ち上がる可能性が高いということで……

俺にとっては残された時間が短いということだった。



留玖──


屋敷に残してきた少女を思った。


俺の脳裏にこびりついた「好きな人とは一緒になれないの?」という彼女の囁きが、また蘇る。



「親父と言えば──あんたのこの秘密、うちのあの親父はどこまで知ってるんだ?」

俺は何とか意識を現実に引き戻して、気になっていたことを訊いてみた。


伊羽はまたくぐもった笑い声を上げた。

「それこそ晴蔵様に直接聞かれるがよい。
円士郎殿は私と違って、家族に恵まれているのだからな」

「…………」

俺は一瞬言葉に詰まって、「そうするぜ」と頷いた。


「……じゃあ、あいつはどうなんだ? 中は──知ってんのか」

「知っている」


そうだろうなとは思っていたが、やはり伊羽からは予想通りの答えが返ってきた。

俺は鬼之介の話を思い出し──



──やや、妙な気がした。



「あんたと宮川中は──どういう関係だ?」




(*番頭:藩の警備隊長。この藩では他藩に比べると地位が高い。名誉職的な扱いが強く、従って先法家の当主が家督を継ぐ前に就任していることが多いという設定)