恋口の切りかた

「円士郎様は、江戸に行かれたことは?」

初めて俺が抱いた鈴虫という女は、
最初の夜、帰り支度をする俺の横でそんなことを訊いてきた。

気の強そうな、切れ長の眼差しが気に入った女だった。


「まだねェな」

「ふうん、残念。遊水様のように、お城のお話を聞きたかったのに」

「そのうち、家督を継いだら殿様の供で行くかもな。
そん時は町の話でも千代田城(*)の話でもしてやるよ」


すると、鈴虫は拗ねたように形の良い唇を尖らせた。


「……嘘ばっかり」

「あァ?」

「その時まで、ここに通うつもりなんかないクセに」


相手の言葉の意図がわからず
眉根をひそめた俺に、

鈴虫は出格子の窓から、まだ暗い外をぼんやりと眺めながら



「だって円士郎様の心の中には、惚れた女がいる」


と、言った。


「恋に狂ったような目をしているわ」



(*千代田城:江戸城のこと。この時代はまだ江戸城とは呼ばれていなかった)