だから青文は、国崩しの断蔵がこの国に入り込んだと聞いて、やたらと警戒していたのか。


「何しろこの国には、夜叉之助たちのことよりも遙かに、幕府に知られるとマズい秘密があるからな。

夜叉之助や氷坂家の行動はいい目くらましにはなったとは言え──何とか手を引かせることができて良かったぜ」


青文は女の去ったほうに視線を向けたまま、そう言って肩をすくめた。


「公儀隠密の女を、どうやって言いくるめて手を引かせたんだよ」

俺の問いには、覆面の下から「それはまあ色々とね」という言葉と含み笑いとが返ってきた。


操り屋の遊水お得意の方法で、人の心を読んで行動を操ったのか、

それともこの「色男の御家老様」のことだから、色香で落としたのかは知れないが──


俺は感嘆の思いだった。

本当に隙なく──人の知らないところで、何手も先まで読んで立ち回る男だ。


「それで? この先、一生抱いているつもりの女の姿が見えねェようだが?」

知略では並ぶ者のない御家老は、ニヤニヤ笑いを浮かべているような声音で俺にそう言ってきて、

「ああ、留玖は暇を出されたとは言え、やっぱり殿と一緒に一度城に戻るらしいから……」

俺はあのまま屋敷に連れて帰りたかった愛しい少女を思い浮かべて、そう答えた。


「動かせねえ冬馬には、海野喜左衛門が面倒を見てくれるそうだから、虹庵先生を呼んでおいたし、
俺も先生に傷を見てもらったら、隼人たちと一緒に盗賊改めの役宅に行かねえとな。

捕まえた一味のことがある」


「次の殿様が盗賊の相手かい?」

青文が可笑しそうに言った。


「まだ今は、盗賊改め方の結城円士郎だ」

俺はそう答えて、