「留玖様……」

その場を動かない私を見て、円士郎が困ったように笑った。


怖い──。


円士郎は、もう生きることを──この先のことを──何一つ考えていない表情をしていて、

私はその場に立ち尽くしたままがたがたと震えた。


円士郎は小さく嘆息して、夜叉之助の死体のそばに置いていた自分の刀を拾い上げて、懐紙で丁寧に拭って腰の鞘に納めた。

私はそれを見て、自分も夜叉之助を斬ってから固く握りしめたままだった右手の小修羅丸に気がついて、懐から懐紙を取り出した。

夜叉之助の血と冷たい雨とで濡れた刃を、懐紙で拭って納刀して──


柄を握りしめた手は血でべとべとで、爪の間まで赤い色が入り込んでいた。


懐紙で拭いてもとれないその色と、雨の中に横たわった夜叉之助を見比べて、


私はもう、人を斬りたくないと思った。

武士を辞めて、人の命を救う医者になった師範代の、優しい笑顔を思い描いた。


虹庵先生、

私はもう、誰も殺したくありません……。



円士郎が動く気配がして、私は顔を上げた。

彼は夜叉之助との立ち合いの中で、相手に投げつけて庭木の下に転がった脇差しのほうへと歩いていった。



別宅で彼が口にした言葉が蘇り、

ぬかるんだ地面の上で鈍く光を放っている脇差しが、酷く禍々しいものに見えた。


あの脇差しで、円士郎がこれからどうするつもりなのか──想像して、泣きそうになる。



どうすることもできずに雨の中に突っ立っている私の前で、

彼を陥れる発端となった脇差しを拾い上げて、円士郎は袖で拭いて鞘に納めた。