恋口の切りかた

気がついたら走り出していた。

「ねえちゃん!」

後ろから、妹の叫び声が聞こえた気がしたけれど、私は母の怯えた視線から逃げるようにその場を後にして──


擦れ違う村人が皆、母と同じ種類の目を私に向けてくるのがわかった。

私がこの村を追われた子供だと悟ったためなのか、単に侍の格好をした者を恐れているためなのかはわからなかった。


六年前と同じ視線から逃れようと、


走って、走って──


幼い頃に村の子供とよく相撲をとって遊んだ、お稲荷様の境内に逃げ込んだ。


村の皆と、仲良くかくれんぼしたり、トンボを捕まえたり、
日が暮れたら家族が迎えてくれる家に帰って……

キラキラとびいどろのように輝いている綺麗な思い出は、
どれも遠い遠い手の届かない過去になってしまった。



どうして戻ってきてしまったのだろう。

傷つくだけだと分かり切っていたのに──!



ばかだなあ……私……。



社の裏でしゃがみ込んで、抱えた膝の上に顔を埋めて──どれくらいそうしていたのか、

短くなった日が暮れかかり、傾いた太陽が山の向こうに沈もうとする頃、


「ねえちゃん……!」


かけられた声で、びくっと肩を痙攣させて私は顔を上げた。

私を探してくれていたのか、息を切らせた妹が目の前に立っていた。