恋口の切りかた

美影が去ってゆき、俺はいつもどおり遊水の格好をした家老を穴が開くほど眺めた。

「何やってんだよ!? てめェ屋敷は……!?」

「ああ、屋敷には中(あたる)を残してきた」

青文は事も無げにそう答えた。

全てを知る宮川中が、遊水との入れ替わりを手伝い、
万一屋敷を空ける状態が続く時などには、覆面頭巾を被って青文を演じる手はずとなっているらしいことは俺も知っているが……

「宮川中の顔は武家の者の間では割れてるだろうが。覆面をとって素顔を見せろと言われたらどうするんだ?」

俺が仰天していると、

「春に殿が江戸からお戻りになるまではその心配はしなくていい」

青文は落ち着き払ってそう答えて、

「それより円士郎殿。あんたに頼みがある。登城して藤岡殿に会ってきてくれ」

一転して切羽詰まった調子でそんなことを言い出した。

「何事だ?」

帯刀と隼人も、ただならぬ様子に固唾を呑んでこちらを見守っている。


「あいつら、俺がいなくなった途端に国内の税率を上げやがった」


青文はいつになく緊迫した表情で告げた。


「近隣の村は今年は不作だ。俺は国の蔵を開放して乗り切るつもりだったが──こんな時期に税を重くしてみろ。このままだと反乱が起きる」

「な──」

「新参の海野の仕業なのか──だとしても、今全権を握っている仕置の藤岡殿は簡単に口車に乗って意味不明な政策を強行するような馬鹿じゃない。
どういう意図あってのことか俺にもサッパリだ」


青文は苦々しい口調でそう吐き捨てた。

事の重大さに俺たちは言葉を失う。