恋口の切りかた

「養子をとった後に傷が悪化して死んだ、ってことにして難を逃れたってんだろ?

だから初めは、殿様の守り役も血の繋がった父親である真木瀬が行う予定だったが、権力が集中しすぎるのを避けるために、結局一月ほどでうちの親父にその役が回ってきたって聞いたぜ」

俺が言うと、帯刀のこめかみに青筋が浮いた。

「貴様、知っているではないか」

だから先代の殿様の血を引いていて、俺と従兄弟関係にあるのは、今の殿様ではなく実はその正室の奥方のほうだったりする。

「まあ、極秘と言いつつ家中には知れ渡ってる内容だからな。

俺がよくわかんねーのはよ、それが天童だって騒がれるほどのことか? って部分だ。
確かに十五の子供がそれを指示して行わせたって聞くと凄ェと思うけど、その程度の対処、当時の大人は誰も思いつかなかったのか?

藤岡のジジイやうちの親父、菊田のオッサンもいたのに……誰もか?」

「そんなことを俺に言われても知らん」

帯刀が仏頂面になって、「オイオイ……まさか」と隼人が引きつった笑顔になった。

「家中に知られているこの事実の他に、十年前の改易騒動にはまだ隠された何かがあるってのか? 十五のガキを天童だと周囲の大人に認めさせて、二十歳の若さで城代家老にするような何かが……?」

「いや、それは知らねーけどよ……」

幼い頃には単純に頭がいい男がいると感心したこの話に、俺は大人になるにつれて大したことではないような不可解さを覚えたのだ。

うげえ、と言って隼人が再び顔をしかめた。

「それこそ触らぬ神になんとやら……じゃねーの? 絶対知りたくねー」

隼人の言うことはもっともだった。

この家中に、隠蔽された何かがあるなど──普通の者にとっては、知ったところで百害あって一利なしだろう。


俺は、それを面白そうだなどと思ってしまうのだが。


そう言えば……と思う。

結城家はあの親父殿が守り役を務めていて、真木瀬家は殿様本人が実の息子で──

そうなると──先法御三家の中で現在、菊田家だけが損をしているような気がする。

菊田のオッサンの物憂げな、虚無の穴のような瞳を思い出して、
俺はこの時なんとなくそら寒いような……嫌な感じがした。