伊羽邸の前で、青文の乗った駕籠(かご)に近づいて俺は中に声をかけた。

「おい、このまま引き下がる気じゃねえだろうな」

清十郎の冷笑と俺に向かって告げてきた言葉とを思い浮かべた。

「次は俺だとよ。俺にはあの野郎が何の野心もなく悪を正そうとしているだけだとは思えねえ」

駕籠の中からは低く含み笑う声が漏れてきて、青文が顔を──というか覆面を覗かせた。

「円士郎殿、貴殿はよもやご自身の評判をお忘れになったわけではありますまい。
それこそ、家中を正そうとしているということかもしれませんな」

「ぐ……」

俺は言葉に詰まって、青文の覆面を睨みつけた。

「いずれにせよ、ご用心を」

青文はそう言って顔を引っ込めて、

「おい……! どうする気だ?」

声を上げる俺を無視して、そのまま屋敷の門の中へと消えてしまった。


神崎帯刀は、危険と利益を天秤にかけて率先して手を貸そうとするのは、それなりに地位のある者だろうと言っていたが──

清十郎は、まさにそこを理解していたということだろう。


あのクセモノの藤岡や菊田まで清十郎に味方するとは。


殿様の不在中に城代が蟄居など──前代未聞なんじゃねーのか?

この国はどうなるんだ……?


頭上に広がる、どんよりと曇った十一月の空のように

俺は家中に嫌なものが立ちこめているのを感じた。