恋口の切りかた

その日は、


昼過ぎごろに

父上の晴蔵様と幼少の頃よりの昵懇(じっこん)の仲だという、
大河様が屋敷にお見えになるとの話だった。


大河家も代々殿様に仕えてきた名門の家で、
現当主の大河余左衛門様は、城下の町に道場を開いているらしい。

結城道場からは、時々
師範代の虹庵先生や門弟の方々が
出稽古に招かれて行く間柄(あいだがら)だとかで、

私も幾度か道場で耳にしたことのあるお名前だった。


この日ばかりは
結城家次期当主として、漣太郎は絶対に席を外すなと
父上が数日前から強く言い続けていたのだけれど……



相変わらずというか案の定というか



漣太郎は朝から早々に行方をくらましてしまい、


巳の刻を過ぎ、昼九ツになっても見つからないということで
奉公人まで総出で、屋敷内から城下までを探し回る騒動になっていた。


……漣太郎のばか。


忘れていたということはないだろうし、
彼のことだから絶対にワザとだ。

席を外すなと言われれば外したくなる
アマノジャクな質(たち)なんだもんなぁ……。


私と平司も、
稽古を中断して漣太郎のかくれそうな場所を当たってくれと言われて

屋敷内をうろうろ探し回っていた。