恋口の切りかた

「まあ、裕福な商家や武家に町人として出入りできるってのも、城下のことを探るには都合が良いのかもしれねえけど……

そういう屋敷に出入りするなら、他にももっとこう……薬売りとか貸本屋とか小間物売りとかよ、化けやすそうな職業があるだろ」

城代家老は乾いた笑い声を上げて、

「確かに。盗賊の嘗め(ナメ)役や引き込み役、連絡(ツナギ)役(*)が使うこともある職業ですからな」

と、この時の俺にとってはよくわからない相づちを打ってから、

「金魚の盆栽に関しては私の本業でもあるのですよ」

俺の疑問に対して、遊水は初めて出会った日にも耳にした覚えのあるセリフを口にした。

「は? 本業?」

俺は思わず眉根を寄せる。

ここで言う本業とはつまり──

「本業って、城代家老の仕事って意味か?」

高級な魚と城代の役目とにどのような関係があるのかと訝る俺に、覆面の男は静かに口を開いた。

「円士郎様。
以前私が言った、下級の武士の生活が困窮している理由についてはその後お調べに?」

「あ? ああ」

俺は、遊水として彼が口にした言葉を思い出して頷く。



(*嘗め役、引き込み役、連絡役:
盗賊が押し込み先に対して、家の間取りや家人の生活などを下調べしておく役が嘗め役。
事前に家人の愛人や奉公人などになりすまして潜入し、施錠を外して引き入れる役が引き込み役。
押し込み先内部に潜入した者と盗賊仲間との連絡を行うのがツナギ、連絡役と呼ばれる役。
これらは兼務される場合があり、例えば作中に挙げたような出入り業者に化けて押し込み先の家人の愛人となることに成功した場合、三役全てを一人で行う、などということも可能)