恋口の切りかた

「つまり──『遊水』ってのは、御家老様の世を忍ぶ仮の姿だった……ってことか?」

実際には覆面をしているのは家老の時のほうなので、素顔をさらしていた遊水の姿を「世を忍ぶもの」と呼べるのかは疑問だが。

「平たく言えばそうなりますかね」

今やその正体が明らかとなった城代家老はしれっと頷いて、

「さすが円士郎様は理解が早いですな」

などと、小馬鹿にしているとしか思えないセリフを寄越してきた。

「くそ……何だって、御家老様ともあろうお人が、裏でヤクザと繋がりを持つ操り屋の男になんざ化けて……」

鼻白みながら言いかけた俺は、ここを訪れると告げた時の鬼之介の奇妙な態度と、

道場破りの時、遊水を見て「確かにあの男ならヤクザをあしらうことなど簡単だろう」という意味合いの言葉を口にした──怯えた鬼之介の顔とを思い浮かべた。

そうか──

伊羽青文は、鬼之介の道場の無想流槍術の達人だ。

鬼之介はあの日遊水と会ってすぐに、目の前の男こそが覆面の中身だと気づいたに違いない。


「成る程ね。策謀に長けた城代家老様には、他人の心を読んで操る『操り屋』を演じることくらいお手のものってワケかよ」

「演じていただけではない。
城下の情勢を知って裏で操るには、都合が良くてな。ついでに──ヤクザとつながりのある円士郎様に近づくにも都合が良かった」

覆面に隠された男の表情は読めなかったが、つくづく計算し尽くされた行動に俺はあきれて、

「ただ者じゃねえとは思ってたけどよ……まさかあんたが伊羽青文だったのかよ」

ガックリして、思わずその場に座り込んだ。

これまで遊水と共にいて、彼を記憶の中の覆面家老と結びつける思考が全く働かなかった自分の鈍さに苦笑する。

顔を知らず、声も変えられていたから仕方がなかったとは言え──


さすがにここまで騙され続けたのは屈辱だ。


この屈辱を生かして
鵺の大親分の時には、顔を知る与一をすぐに結びつけることができたのではあるが。


「しっかし、操り屋はともかくよ、なんでまた金魚屋なんだ?」

彼のもう一つの職業を思い浮かべて、俺は首を捻った。