恋口の切りかた

「そうよ。お医者様も、まだ動いては駄目だと仰っているのに」

どこか表情に乏しい、冷たい印象のある凛とした美人は、涼やかな声でそう言って、

「マジかよ。そりゃ、俺たちには構わず寝とけよ隼人。話なら床(とこ)の横でもできるし」

俺は慌てて隼人のほうを振り向いて言った。

「円士郎様もそう仰っているんだから」

歩み寄って手を貸そうとする美人に、「いいって」と隼人は笑った。

「でも……」

「大丈夫だって加那。御三家の坊ちゃんとこれから同僚になるセンパイの相手を、横になったままするワケにもいかねーし。
それに、少しは起き上がるのに体も慣らさねーと」

氷のような美人は小さく溜息をこぼして、隼人の肩からずり落ちた羽織を掛け直した。

微笑んでそれを見上げる隼人は幸せそうだった。

「本当に無理はしないで……」

やっぱり冷たい表情のまま、加那と呼ばれた女は隼人にそう囁いて、俺と帯刀に頭を下げて奥へと引っ込んだ。

「美人だな」

彼女が去った後に俺が思わず呟くと、

「だろ?」

と、隼人が嬉しそうに言った。

一瞬、隼人の奥方かと思ったのだが──

「ん? しかし秋山殿は確か、ご新造は……」

帯刀が首を捻った。

前に隼人は逃げられたとかうそぶいていたが、
病で死んで、今はいないはずだった。

「ああ、今のは相模家の娘の加那だ」

隼人はそう説明した。

聞き覚えがあると思ったら、伝九郎との決闘の前に隼人が口にした名だった。