幸子は、平田先生には、
すべてを話しているように思えた。

「彼に妊娠のことを話すと、
冷たくされた。」

「何て言われたの?」

「そんな冗談はよくないよ。
もっと楽しい話をしよう。」

「あまり相手にしてくれなかったんだね。」

「そう。適当にあしらった。」

 幸子は、平田先生と話すときは、
会話が幼児のような話し方になってしまう。

「それからどうしたの?」

「何回も妊娠のこと話した。でも、無視された。」

「無視されて、辛かったね。」

「うん。だから黙って赤ちゃんおろした。
赤ちゃん泣いてる。助けないと。
あいつがみんな悪い。死んだらいいねん。」

「物騒だね。でも死ぬことは良くないよ。」

「平田先生もあいつの味方?みんな敵や。
誰も私のこと愛してくれない。
お父さんもお母さんも、
みんな私から離れていく。」

 完全に子供の頃の自分に戻っている。
 解離状態である。
 これも境界型人格障害の特徴の一つである。
 別の人格になってしまうことが、往々にしてある。
 正常なときの人格には、この時の記憶は全くない。
 夢を見たという自覚もなく、
別の人格がしたことなので記憶には残らない状態である。

この時、これからもっと凄まじい日々になるとは、
全く予想していなかった。