「それから一週間ぐらいたった時、
吾郎さんからメールがあったの。」

 『吾郎さん』という言い方に、妙に親しさが感じられ、むかついたが、
怒りをグッとこらえ、続けて話を聞くことにした。

「メールの内容は?」

「この一週間ずっと、あなたのことだけを考えていました。
もう一度会ってくれませんか?」

 後に、幸子は吾郎から聞かされるが、
吾郎が女性のことを『あなた』と呼ぶには理由があった。
 多くの女性と同時に付き合っており、呼び間違えることを避けるためだった。
 特に、妻に対しては、絶対に呼び間違えてはならなかった。
 何せ大の恐妻家だから。

「当然断わったよ。でも、その後も何度もメールがきたの。
それでも、無視していたんだけど、
ある時、偶然駅前でばったり会ってしまって…。」

「それで…。」

「平日は単身赴任で若狭にいるんだけど、
その日は子供に会うために大阪に帰ってきてたの。
実家に帰ってきた時には、必ずスポーツジムに通う習慣があって、
その帰りにばったり会ったの。
その時に誘われてしまって…。」

「どんなふうに誘ってきた?」

「よく覚えてないけど、兎に角強引だったわ。
それでしかたなく…。
でも、すぐ帰るつもりだったの?」

「つもりだったと言うことは、すぐ帰らなかったということ?」

「結果的にはね。」

「なんだか、ずいぶんな言い方だね。それで…。」

「本当にしかたなかったの。」

 客観的に物事を判断できす、自分を正当化するところも、
境界型人格障害の症状のひとつである。
 正当化するというより、自分自身の中に存在する悪の部分を認識していないため、
他人から指摘を受けても、認めることができないのである。
 人は皆、自分自身の中に天使と悪魔が共存しあいながら、生きている。
 そして、社会生活をしていく上で、うまく使い分けているはずである。
 しかし、境界型人格障害の人たちは、その使い分けができないのである。