奈々子の憧れの人とは、零だった。零の存在を知ったのは五月の初めのことだ。

奈々子は教科書と缶の筆箱を持ち、理科室へ向かっていたのだが、そのとき手が滑り、筆箱を廊下に落としてしまった。

派手な音とともに辺りにペンやじょうぎが散乱し、奈々子が座りこんで集めていると、シャーペンが差し出された。

「あ、ありがとうございま……」

顔をあげると、キレイな顔をした男子がいたので、心臓が止まりそうになった。それが零だった。

「はい、これ」

零は微笑みながら、奈々子にシャーペンを渡すと、立ちあがり、スラリと長い足で廊下を歩いていった。