スロー・ステップ・スロー

「そんなことをしては旦那様が悲しみます」



いつもと変わらぬ口調のヴァルターだが、ツィツェーリエはふふ、と微かに笑った。



「貴方にも用意してあげようかしら? どこかのご婦人に熱心に話しかけられていたじゃない」



一瞬、スピードが弱まる。



「もっとも、必要無いのならいいのだけれど」



バックミラーを確認すると、彼の眉間はいつもより寄っていた。



それがまたツィツェーリエの口角を上げさせる。



もちろんヴァルターからの答えは返ってこない。


無言の時間が、ただゆっくりと流れてゆく。



やがて街灯が街路樹に代わり、店や民家がだんだんと途切れ途切れになってきて、車は門をくぐった。



「ようやく夢から逃げて帰ってこれたのね」



玄関前へと進む車の中、ツィツェーリエは最後の愚痴を零す。



窓の外を見れば、玄関先には数人の使用人たちの姿。