スロー・ステップ・スロー

「なんでわざわざ踊らなくちゃいけないのかしら」



再び視線を窓の外に戻して、ツィツェーリエは疲れたように言う。



「大変、お上手でした」



歩道の街灯はぼんやりとしていて、道行く人たちを淡く浮かび上がらせる。



「あら、ダンスの先生に褒められたわ」



大げさに肩をすくめて見せるも、バックミラーに映るヴァルターの瞳は前方しか見ていない。



家路へと進む車は、まるで馬車に乗っているかのようにゆったりとした時間を運んで来る。



「指輪でも買おうかしら」



信号で停車するのに合わせて、ツィツェーリエが呟く。



その一瞬だけ、ヴァルターの瞳がバックミラーへと動いた。



「薬指に嵌めていたら、わずらわしいお誘いもなくなると思わない?」



再び動き出した車は、ほんの少しだけスピードをあげる。