スロー・ステップ・スロー

「なんでしょうか」という声と同時に、ツィツェーリエはシャンパングラスをヴァルターへと手渡し、肘上まである黒い手袋を外して腕を伸ばした。



「珍しいわね、タイが歪んでるわ」



そう小声で言いながら、自分の目線より若干上のアスコットタイをそっと整える。



「お見苦しいものを。申し訳ございません」



主人に身だしなみを整えてもらったことを恥じるように、それでも他の客人たちに目立たないよう配慮して、ヴァルターはほんの少し身体を倒した。



「それぐらい、いいのに」



律儀な執事にふふ、とツィツェーリエが笑うと、豪華な客の塊から彼女を呼ぶ声が聞こえた。



慌てることもなく、身体の向きを声の方へと向けるツィツェーリエ。



その視線の先にはダークブラウンのジャケットを羽織った青年がいた。



「ツィッツェ、探したよ」



親しげにツィツェーリエの名を呼ぶ男が寄ってきて、ヴァルターはそっと一歩身体を引く。