「名を何と言う?」

「答える義務はない」

「すまない。私としたことが礼儀がなっていなかった。風間だ。名は棄てた」

この世界で礼儀など、あってないようなものだ。

だが、私は目の前の少年の礼儀に答える。

「赤城学」

好印象というわけではないが、礼儀作法は嫌いではなかった。

風間から左手で握手を求めてくる。

「よろしく頼む」

「ああ」

左手を掴もうとした瞬間、右拳が弧を描いてわき腹を狙う。

私は、礼儀作法を心得ている風間であれ信用していなかった。

そう、性格の解りにくさが際立った方がどす黒いのだ。

広目のビルに来るまでにウォーミングアップは終わらせてある故に、危機に本能が作動し、自然と真後ろにバックステップを行っていた。

「急な攻撃にも対応出来るか」

「これも礼儀か?」

「私なりの礼儀だ。だが、神が与えた試練ともいえよう」

「神だと?」

空想を抱く癖があるのか?

神など、どこにも居はしない。

「私は信じている。生を与えていただいたのも神がいたからこそだ」

「私にはどうでも、ぐ!」

避けたはずだったのだが、わき腹付近に痛みが走る。

あまりの痛みに膝をついてしまう。

「神は世界に必要な者にこそ力を与える。それは何故か、世界を変えるためだ」

気が遠くなるほどの痛み、骨に異常を来たしたのか。

「お前と私は人間だ。そこに差はない。だが、世界の変革を行う精神を持っている差は歴然としている」

拳の開閉を何度か行い、私を上から見下ろす。

「お前は避けたと思っていたようだが、少しでも触れれば当たりだと判定する拳を私は得ている。それは足も同様」

慣れていない痛みに、意識が遠のく。

最後に見たのは、安らかな寝顔を浮かべるマヤの顔だった。